第4話 (96/04/26 ON AIR) | ||
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『麺を茹でる』 | 作:桐口 ゆずる |
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男 | えーと、味噌ラーメンで、600円いただきます。 はい、ちょうど。 |
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レジを打つ | |
男 | ありがとうございました。 |
客が引き戸をしめた | |
男はどんぶりを下げて、洗う。 | |
男 | 店長、どうしはったんですか? |
女 | … |
男 | そんなきつい顔してたらお嫁にいけませんよ。 |
女 | (キッとにらむ) |
男 | あ、すんません。そや、葱がたれへんから切っとこ。 |
葱を刻む男。 | |
女 | さっきウチのお父さんや。 |
男 | へ? |
女 | ウチ、最近、顔みせてへんから。 |
男 | はぁ… |
女 | ウチがどんな店で働いているんか、見にきはったんや。 |
男 | そうやったんですか。 |
女 | ウチな、ずっとお父さんのこと嫌いやってん。 20歳で家出したんも、そのせいやし…。 手止まってんで。 |
男 | あ、はい。(と再び、葱を刻む) |
女 | アンタ、来年、就職やろ。 |
男 | ええ。 |
女 | 社長に、社員にしてくれて、頼んでんねんて。 |
男 | 今、就職、きついでしょ。僕の大学なんか 普通の会社では相手にされへんし。 |
女 | アンタ、本気で飲食やっていこうと思てんのか。 |
男 | ここの店、バイトで入ってみて、面白いなて、思たんです。 がんばったら、その分給料も出るし、やりがいがあるなぁ、て。 |
女 | 止めとき。アンタ、この仕事向けへん。 |
男 | えー、そんなん言わんといて下さいよ。 |
女 | ウチ、18から10年この仕事や。色んな店で働いてきたし。 他に出来ることもなかった。 そやから、この仕事に向く人間かどうかはわかる。 |
男 | ボクのどごがあかんのですか。はっきり言うて下さい。 |
女 | 人を見てない。 |
男 | 見てますよ! |
女 | アンタ、人間て面白いと思うか。 |
男 | … |
女 | アンタ、女の子のこと死ぬほど好きになったことあるか。 |
男 | … |
女 | ウチ、死ぬほど惚れた男の腕、千切って持ってたいと思たで。 誰にも渡したくない、これはウチのモンやて…ソイツ、あっさり 他の女に走りよったけど。 |
男 | 分かりますけど、それと仕事と話が違うやないですか。 |
女 | 人間てわがままやねん。ウチは自分のこと知ってるから、 人のこともわかる。アンタはやさしすぎる。人のえぐいとこ知らん。 汚いとこ見てない。そんなヤツは人のホントのあったかさも分からんやろ。 悪いこと言わへん、他の仕事探し。 |
男 | そら、ボクかて、もっとピリッとした男になりたいと思てるんです。 そやけど、未だ若いし、店長に比べたら経験も少ないし。謙虚に 生きなあかんなと思てるんです。…店長、今朝、目腫らして 来はりましたよね。 |
女 | …そやから、徹夜でビデオ見たんや。 |
男 | そう店長が言いはったら、「何見はったんですか」て、ボクらヘラヘラ してるしかないやないですか。 |
女 | ナマ言うんは、10年早いで。 |
男 | 地震の時、一緒に逃げたんやないですか。バイクの後ろでボクにしかみついている 店長がなんや、可愛らしいて、ボク、店長を守ってるような気が したんです。決心したんは、それからです。 この店で、店長について行けたらええなって。 |
女 | アンタ、男やろ。男やったら、女のウチなんか、追い越したる、 ぐらいの根性ないんか。 |
男 | … |
引き戸が開く。 | |
女 | いらっしゃいませ。(男に)お客さんやで。 |
男 | いらっしゃいませ。何しましょ。 |
湯が煮えたぎる。 | |
女 | (独白)煮えたぎる湯の中で、麺を躍らせること二分。 湯気にほのかな甘さが交じる ワタシのプライドが麺の端を摘み ワタシの勇気が水を切る スープを波立たせぬよう麺を滑らせる愛 葱をちりばめ、カウンターに丼をトン やがて 割り箸が弾かれ ズズッと麺が啜られる瞬間(とき) ワタシの幸福 |