第5話 (96/05/03 ON AIR) | ||
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『一枚の写真から』 | 作:み群 杏子 |
* N…(ナレーション) |
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私(N) |
神戸に行こう。そう思ったのが三日前。東京発ひかり109号。 はじめてのひとり旅… きっかけは、古ぼけた一枚の写真だった。 |
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男 | あの… |
女 | え? |
男 | そこ、僕の席なんだけど。 |
女 |
(あわてて)あ、ごめなんなさい。誰も来ないのかとおもって…。 隣なの。今、代わります。 |
男 | いいよ、そのままで。 |
女 | え? |
男 | 窓際の方がいいでしょ。景色が見られて。 |
女 | いいの? |
男 | どうぞ。行き先も一緒みたいだし。 |
女 | え、どうして… |
男 | だって、それ。 |
女 | あ。 |
女(N) |
そうか、膝の上に、北野界隅の地図を広げたまま… この時、私は彼に、何もかも話してみたい衝動にかられた。 なぜだか分からない。ただ… |
女 | あなたも神戸に行くの? |
男 | いや、僕は帰るんだ。 |
女 | ね、これ、見てくれる? |
男 | 写真? |
女 | 裏を見て。 |
男 | … 1953年、春。桜の下にて、佐和子、6歳 神戸、北野町。 |
女 |
佐和子は、母の名前。その桜は、母が生まれた日に、 記念に植えたものなんですって。 母は、6歳まで神戸にいたの。 これ、引っ越す前に撮った写真だと思う。 今日ね、私、この場所を探しに行こうと思って。 |
男 | 北野町か。 |
女 |
この間、母が亡くなって…。私、一人きりになってしまって…。 この写真ね、遺品を整理していて、見つけたのよ。 なんだか とてもなつかしい感じがして…。不思議でしょ。 一度も行ったことがないのに。 |
男 | それはたぶん、ここが君のふるさとだからじゃないかな。 |
女 | ふるさと? |
男 |
帰りたい場所。 望郷って、古い映画。 ジャンギャバン扮するペペって男がいたんだ。 ペペはパリから、アルジェに逃れてきた凶悪犯でさ、高い丘の 上に あるカスバって所に身を隠していたんだよ。 …ぺぺは、高い丘の上から、いつも海を見ていた。 港からでる船を見ては、いつかパリに帰りたいと思っていたんだ。 ぺぺにとって、港は自由への出口だったんだよ。 あそこから、船に乗りさえすれば、自由になれるってね。 …でも、ぺぺは帰ることができなかった。自由行きの切符を 手にしながら、撃たれて、死んでしまうんだ。…この女の子、 君のお母さんさ、坂道の下に広がっている海を見ていたんじゃ ないのかな。 |
女 | 海を? |
男 | うん。ほら、カメラの方ではなくて、もっと、遠くを見ているだろう。 ぺぺの見ていた海も、希望につながっていたのかもしれない…。 |
女 | …変わったでしょうね。神戸も。 |
男 | うん…でも、海は変わらないし、僕も負けない。 |
女(N) | そう言って彼は笑った。きれいな笑顔だった。 |
とうとう私はやってきた。母の生まれた街に。 地図をたよりに入り組んだ路地を歩く。坂道から坂道へ。 夕暮れが、影を落とし始めた。みつけられないかもしれない。 やはり考えが甘かったのだ。 泣きそうな思いで、 いくつめの角を曲がる。 と… |
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女 | さくら? |
女(N) | それは見事に咲いた、遅咲きの桜だった。 |
女 | あ、海! |
女(N) |
振り返ると、道のはるか下に、海が広がっていた。 海は、家々の間から、宝石のように小さく、輝いている。 私は桜の木にもたれて、じっと、海を眺めていた。 かつて、母が見た景色のなかに、今、私はいる。 桜の花びらが、過ぎていった時のように、私の肩に落ちていった。 母さんの桜! 母さんの生まれた ふるさとの海! |
女 | ただいま! 私、帰って来たわ。ここに、帰ってきたのよ。 |
男 | やあ。 |
女 | あ、あなたは… |
男 | あえたね。君のふるさとに。 |